体調不良の際に「免疫力が落ちている」などと言われることが多いですが、実際の意味を深く理解している人は少ないでしょう。また、一般的に免疫力を高めるには適度な運動を取り入れることが大切と言われますが、具体的に何を意識するべきでしょうか。
そこで今回は、運動と免疫力の関係について研究されている早稲田大学スポーツ科学学術院の鈴木教授に、運動と免疫力の関係や、働きながらでも日常的に取り入れやすい運動方法などについてお話を伺いました。
現在体調不良で悩んでいる人に向けたアドバイスもいただいているので、是非ご覧ください。
早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
鈴木克彦(すずき かつひこ)
早稲田大学大学院人間科学研究科修了後、弘前大学医学部卒業、国立国際医療センター病院内科系臨床研修課程修了。
2003年より早稲田大学で研究・教育に従事し2013年より現職。内科医として早稲田大学保健センターやスポーツ医科学クリニックも兼務。運動・トレーニングをモデルとした生体のストレス応答と適応機構に関する解析・評価法およびストレス制御・予防法の開発を研究課題としている。
国際運動免疫学会前会長・現理事。
そもそも「免疫力」とは?免疫力が高過ぎても良くない?
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:最初に免疫力についてお伺いします。そもそも免疫力とは一体何を意味するのでしょうか。
鈴木教授:免疫力とは、広い意味では感染や悪性腫瘍(がん)に対する抵抗力を指し、感染症や癌にかかりにくい、または重症化しにくいことを意味します。
具体的には、体の中にはいろいろな種類の免疫細胞や抗体などの体を守るタンパク質(防御因子)があり、それらの働きが高いことを指します。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:免疫力が低下しているサインなどもあるのでしょうか。
鈴木教授:免疫力が低下すると、感染症や癌にかかりやすくなります。
具体的には、小児や高齢者、栄養失調で見られます。疾患では免疫不全症候群でサインが見られますが、例えばエイズ(後天性免疫不全症候群)では、日和見感染症とよばれる病原性の低い感染症にもかかりやすくなりますし(カリニ肺炎など)、カポジ肉腫という腫瘍も生じやすくなります。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:重篤な病気の原因にもなり得るのですね。
また、「免疫力は低過ぎ高過ぎずを維持することが大事である」とよく目にしますが、高過ぎても良くないということでしょうか。
鈴木教授:その通りです。感染症や癌にかかりにくい人が免疫力が高い人の特長なのですが、免疫機能が高まりすぎると炎症(発赤・腫脹・疼痛・発熱などの症状)につながり、リウマチなどの自己免疫疾患、アトピーなどのアレルギー疾患を起こし逆に身体を壊すこともあるので、免疫機能は低すぎず、高すぎず、適度に保たれていることが必要となります。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:免疫力が低い人や高い人の差は、遺伝が主に関係しているのでしょうか。
鈴木教授:遺伝ももちろん関係してきます。免疫はそもそも好中球・リンパ球・単球・好酸球などの様々な細胞(白血球)、タンパク質などの防御する物質が関わっており非常に複雑です。その分非常に多くの遺伝子が関わってくるため、遺伝的なもので何が最も重要であるかというと言い切れない部分があります。
例えば、遺伝病としての免疫不全症は免疫系が働かず明らかに感染を起こしやすいことで発覚します。このような免疫不全症の人は幼少時に感染で亡くなってしまうことも多いので解明が難しいのですが、遺伝も関係していることは間違いないでしょう。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:そうなのですね。では、免疫力が元々低い人でも、生活習慣で免疫力を高めることは可能なのでしょうか。
鈴木教授:生活習慣の中で言えば、特に「栄養をバランス良く摂っていない」「ストレスがあり疲労を溜め込んでいる」人は免疫力が下がる傾向にあります。そういった人が、栄養改善であったりストレスの調整により免疫力を向上させることは可能と考えられます。
免疫力を高める秘訣は運動習慣にあり!運動と免疫力の関係
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:運動習慣も免疫力を上げる上で必要だと言われますが、具体的に運動は免疫力に対してどのように作用するのでしょうか。
鈴木教授:運動をすると血液循環が促進されますが、同時に免疫細胞や防御因子も体中を巡回します。病原体や癌細胞と巡り合う機会が多くなり、異物を排除しやすくなります。
また、運動不足が続くと脂肪が増え肥満になります。肥満が悪化すると糖尿病やメタボリックシンドロームなどの生活習慣病を発症する可能性もあるでしょう。
こういった肥満をはじめとした生活習慣病が慢性炎症を起こすことで免疫異常につながっていくので、肥満の原因の1つである運動不足を防ぐことが重要だと言えます。
ただ、一口に運動といっても軽い運動からマラソンなどの激しい運動まで様々です。適度な運動は免疫に良い影響を与えますが、疲労困憊になるほどの激しい運動はかえってストレスになり免疫に悪い影響を与えることもあります。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:なるほど。やはりウォーキング程度の有酸素運動が最適でしょうか。
鈴木教授:そうですね。多少は身体に負荷がかかった方が良いと言われており、息が上がるところまで行かない適度な運動が好ましいでしょう。
息が切れることは酸素が足りないという合図(適応反応)であり、身体に酸素欠乏というストレスを与えてることになります。一般の人にとっての目安としては、やはり息切れしない程度の運動をおすすめします。
とはいえ、それなりに体力がある人が同様の運動をしてもあまり効果がありません。個人個人の体力や体調に合わせて常日頃から身体活動量を増やすことが重要です。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:確かに、自分自身に適した方法を模索することが大切ですね。ちなみに、日頃から運動に慣れている人に向けて、特に効果が期待できるおすすめの運動方法はございますか。
鈴木教授:全身運動がおすすめですが、筋肉を増やすような筋トレも免疫力には有利になると言えます。
免疫細胞はエネルギー源としてアミノ酸を使いますし、抗体のようなタンパク質はアミノ酸から作られます。筋肉はアミノ酸を体内に蓄えておく役割もあるので筋トレはおすすめです。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:ありがとうございます。また、参考までにお聞きしたいのですが、鈴木教授が普段免疫力を向上させるためにされている習慣などはございますか。
鈴木教授:私個人の生活だと、フィットネスクラブに仕事終わりに週3〜4回ほど通っています。なかなかプライベートの時間に運動できない人もいると思いますが、私自身はストレス解消や気分転換になって楽しんで続けられることが大切だと思っております。
フィットネスクラブにはインストラクターも付きますし、ヨガやダンスなどの軽いものから格闘技系のものまで様々なトレーニングが設けてあります。また、新しく何かを覚える場合は体力だけでなく頭も使うので、そういった意味では認知症の予防にも効果があると考え続けています。
あとは、自宅から職場まで自転車で30分弱かかるのですが、可能な限り自転車で通うことも心がけています。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:すごいですね!健康改善として運動を始める場合、1日に運動する時間の目安などはありますか。
鈴木教授:運動には、ストレッチや準備体操などの軽い運動から関節を伸ばしたり、力んだりする重い運動まで様々なものがあるでしょう。身体にかかる負荷の程度にもよるので一概には言えませんが、一般の方は1時間以上続けてもそれ以上の効果は見られないと思うので、大体20分〜1時間程度がおすすめだと言われています。
20分程度なら日常的に気軽に行えますし、継続することで身体もリズムを覚えるでしょう。ストレッチなどは身体をほぐすことによりストレスを緩和したり怪我の予防効果も期待できます。
軽い運動を日常に積極的に取り入れてもらい、心身の状態を良くするために活用することをおすすめします。
大切なのは自分に合った健康改善方法を無理なく日常に取り入れること
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:企業の健康経営(ウェルビーイング経営)などが近年話題になっており、社内で出来るヨガなどを福利厚生として取り入れるなど、健康維持を目指した取組をしている企業も多いと聞きます。
このように、仕事をしながら運動不足を解消していく取組についてはどのようにお考えですか。
鈴木教授:良い傾向だと思います。特にデスクワークの人は、座っている時間が長くなるわけですが、座りすぎは不健康の元凶として問題視されています。
そのため、固定の椅子ではなくバランスボールに座ってデスクワークをする人もいますし、最近では立って仕事をする机も市販されていますので、各自に合った安全で持続可能な方法を探してみると良いでしょう。
健康維持において、1時間に一度は立って周りを回ってくるなど、気分転換に合わせて身体を動かすことが必要だと言われています。先程例に挙げた企業のように、工夫次第では座りっぱなしにならないよう身体を動かすことは可能でしょう。
とにかく、運動不足は生活習慣病につながり、病気があれば仕事の能率も低下しますので、そのような悪循環に陥らないためにも運動不足を解消することが大事です。
また、社員の仕事の能率を上げることは経営者にとって重要なことなので、まず経営者が率先してリーダーシップをとり従業員が運動しやすい環境をつくることが大切と言えますが、経営者といえども運動嫌いの人もいるでしょう。したがって、各自でできることから行動を開始するのが先決と言えます。
そういった意味では、運動促進を行う施設などを積極的に活用するのも1つの方法だと思います。私が利用しているスポーツクラブなども、企業が法人で登録すると従業員は割引価格で通えるなどのサービスを行っています。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:確かに、近年多くの企業がスポーツジムなどと法人契約を行っていますね!
鈴木教授:企業を介してそういった施設を利用する際も、単に運動をするためだけでなく気分転換やリラックスも兼ねて利用することで免疫力向上につながることはもちろんのこと、心身のストレスも緩和されるでしょう。特に、エアロビクスなどの体内循環をよくする運動は体内に入った病原体を抑える効果も期待できます。
プールや温泉施設を優待で利用できる企業もあるでしょうから、特にストレスが溜まりやすい人は、慢性的なストレスで身体が参ってしまわないようリラックス効果のある温泉なども利用することをおすすめします。
このように、その人に合った気分転換方法や、コンディションを良くする方法を見つけることが大切です。
免疫力を高めるには抗酸化効果を持つ野菜の摂取も有効
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:これまで運動習慣などについてお聞きしましたが、食べ物も免疫力向上に関わってくるのでしょうか。
鈴木教授:身体の中に活性酸素という毒が出てくると免疫低下の原因になるのですが、野菜にはこの毒を消す効果があります。
野菜には、ビタミン類やポリフェノールなどの酸化を防ぐ物質(抗酸化物質)が多く含まれています。よく「野菜を摂ってバランスの良い食事を」と啓発されますが、野菜のように優良な物質を多く含む食品の摂取が免疫力を向上させるにはおすすめです。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:なるほど。ちなみに、コーヒーなどにも抗酸化作用があるかと思いますが、摂りすぎるとやはり良くないでしょうか。
鈴木教授:そうですね。コーヒーの過剰摂取は胃の粘膜を傷つけて胃潰瘍になってしまう可能性もあり、またカフェインなどかえって身体に有害な作用がある物質も含まれているので、中毒性も考慮し1日4〜5杯までを目安にすべきでしょう。
一方、炭水化物や脂質・脂肪が多く含まれたカロリーが高いものを摂りすぎると肥満になり体内に脂肪が増え、先程お伝えしたように炎症を起こしてしまいます。肥満にならないようにそれらは控えめにして、定期的に体重計に乗る、歩数計を活用するなど意識することが必要です。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:健康診断で引っかかることが多いBMI値なども重視すべきでしょうか。
鈴木教授:そうですね。ただ、あくまでも「基準値を上回った場合は気を付けましょう」というメッセージだと捉えるのが良いと思います。とは言え、肥満の状態が続くと慢性炎症から病気につながるだけでなく免疫力も低下するので、注意を受けた場合は何らかのアクションを起こし早期発見・早期治療に努めることが重要です。
一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:ありがとうございます。BMI値などの結果はあくまでも1つの目安として捉え、改善に向けて行動することが大切なのですね。
最後に、免疫力が低いことが原因で体調を壊しやすいと悩んでいる人に向けてアドバイスをいただけますか。
鈴木教授:風邪を引きやすいと自覚している人は、まずその原因が何かを考え、その上でライフスタイルを見直すことが大切でしょう。
例えば、肥満の人は食事を改善する、ストレスがある人は休養を取ったり気分転換をしたりするなどストレス対応策を日常に取り入れ問題を解決していくことが体調の改善につながります。また、運動不足の人が運動を継続していくと疲れにくくなる効果もあるので、仕事の効率も上がるでしょう。
エレベーターやエスカレーターを使わずに階段を上り下りするなど、身体を動かす機会は日常生活にたくさんあります。簡単なものからで構わないので、身体を動かす機会を増やすことをおすすめします。