大阪大学 都竹茂樹教授 -メタボリックシンドロームは企業に悪影響を与える-

大阪大学 都竹茂樹教授に独自インタビュー

メタボリックシンドロームは「ぽっこりお腹」いわゆる「ビール腹」が特徴で、自覚症状がないことも多いです。しかし、メタボを軽視し放置することで将来重篤な病気を発症したり、従業員がメタボを患うことで企業が痛手を負ったりする可能性もあります。

そこで今回は、大阪大学の都竹教授に、メタボが企業に及ぼす悪影響や企業が対策を取るメリットについてお話を伺いました。

独自インタビューにご協力いただいた方
都竹茂樹教授

大阪大学 スチューデント・ライフサイクルサポートセンター 教授/熊本大学客員教授
都竹茂樹(つづく しげき)

昭和41年生まれ。平成3年高知医科大学医学部卒業。平成7年名古屋大学大学院医学研究科修了、平成18年ハーバード大学公衆衛生大学院修了。
スポーツ医学の臨床医、国立長寿医療研究センター、ハワイ骨粗鬆症財団、ホノルルハートプログラムにおいて疫学研究、高知大学医学部准教授、熊本大学教授を経て、令和5年より大阪大学スチューデント・ライフサイクルサポートセンター 教授。
専門は、公衆衛生学、トレーニング科学、教育工学。教育工学の一分野であるインストラクショナルデザインの手法を活用した行動変容、特に糖尿病や高血圧症、肥満、メタボなどの慢性疾患の予防改善プログラムの開発や指導者の育成を行っている。ヤマハ健康保険組合では、オンラインを活用した健康支援を約20年にわたり実施。兵庫県豊岡市では平成24年より「玄さん元気教室」を監修。地域在住高齢者の10人に1人が毎週参加し、医療費も1人あたり年間10万円以上の削減効果を出している。また産業医、労働衛生コンサルタントとして、これまでに30社以上の企業のウェルビーイング経営を支援。

目次

メタボリックシンドロームは疾病にもつながる

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:それでは最初に、メタボリックシンドロームの診断基準や、メタボから起こりうる疾病などについて教えていただけますか?

内臓脂肪CT

都竹教授:これら2枚の画像は、お腹をおへその所で輪切りにしたレントゲン写真(CT)で、別々の人の写真です。いずれも上向きに寝ており、凹んでいるところがおへそで、下側が背中です。

まず最初に右側の画像を見てください。外側のピンク部分が皮下脂肪、その内側が筋肉、そして赤い所が内臓脂肪です。左の画像の人は皮下脂肪は少ないけど内臓脂肪が多いのが一目瞭然ですね。メタボの人はビール腹と言われることが多いですが、左の写真が典型的なメタボの方の画像です。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:なるほど、皮下脂肪はそれほど多くないけど、内臓脂肪はしっかり溜まっているということですね。

都竹教授:そうです。内臓脂肪が増えると、血圧やコレステロール、血糖値が高くなったり、あるいは血糖値を下げるインスリンというホルモンが出ても、効きが悪くなって結果的に血糖値が上がりやすくなり、最終的には動脈硬化・脳梗塞・心筋梗塞などの発症リスクも高まります。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:どれくらいの内臓脂肪が溜まったら危険なのでしょうか?

都竹教授:日本人の男性の場合は、おへそ周りの腹囲が85cm超えるとリスクが高いと言われています。一方女性は内臓脂肪が少なく、皮下脂肪が付きやすい傾向があるので、90cmが基準になっています。

内臓脂肪が増えると前述したような病気のリスクが増えるだけでなく、健康寿命も短くなることが分かっているので、定期的にお腹周りを測る、血圧やコレステロールが高い人に対して、薬を飲むまで悪化する前に、適切な食習慣や運動習慣となるよう積極的に支援し、メタボ予防・改善の取組がここ20年ほど重要視されています。

従業員の健康管理を企業が行うメリット

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:従業員がメタボリックシンドロームを患っている場合、企業にはどのような悪影響があるのでしょうか?また、それらリスクを想定する中で、企業が健康管理を行うメリットも教えていただきたいです。

都竹教授:メタボは中長期的な影響があるので、今後問題になりやすいですね。世界的な研究で高血圧・高血糖・タバコ(喫煙)・運動不足の4つが病気の発症リスクを高めるとも言われており、健康でいるにはこれら4つに配慮することが大切だとされています。実際、病気を持っている人たちは医療費もかかるし、どうしても仕事のパフォーマンスも落ちる傾向にあると言えます。そういう意味では、従業員が心身ともに健康であれば仕事のパフォーマンスも維持ができるので、企業としてもメリットであると言えるでしょう。

また、企業が従業員の健康に配慮することは、新入社員のリクルーティング時にも有効と考えられています。あるいは入社後も、企業が健康面をしっかりサポートするという点は、会社のアピールにもなりますし、本人とその家族にとってポイントが高いのではないでしょうか。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:企業のパフォーマンス維持に加えて、企業価値の向上という点も、企業が健康管理を行う上で大きなメリットだと言えますね。

都竹教授:従業員の健康に配慮するというのは、今までは福利厚生に近いと考えられてきました。しかし、パフォーマンスを維持するという面では、会社にとっては投資という捉え方もできます。実際に、プレゼンティーズムといって、心身の不調を抱えているのに出勤し、本来持っているパフォーマンスを発揮できないという状態が現代の大きな問題になっています。そういう意味でも、企業はメタボを含めた心と体の健康管理を日頃から行い、病気を早期に見つけて対応することが大切だと思っています。

企業の健康意識を高めるアプローチ方法

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:よく企業の健康管理対策として挙げられる「健康診断の受診率を上げる」「禁煙支援」などだけでは、企業の健康意識を高めるには不十分でしょうか?

都竹教授:企業の健康診断は病気の早期発見もありますが、むしろ就業出来るかどうか、就業にあたって配慮が必要か否かを判断するために行っています。法律で決められている健康診断の項目数は、必ずしも多くありませんが、血圧・血糖・コレステロールなどメタボに密接に関わる項目は網羅しています。ただ受けっぱなしで終わりでは、もったいないです。特に、要精密検査・要治療の結果が出た人には検査や治療に行ってもらうように声掛けをする、あるいは健康診断を1つの目標にして3ヶ月くらい前から生活習慣を整えてもらうといった働きかけが、将来的に生活習慣病・メタボの悪化を防ぐうえで非常に大切です。

禁煙については、気合いや根性ではやめられないので、禁煙外来など専門家の支援を積極的に活用することをおすすめしています。中には、禁煙外来も就業時間内に行ってもらい、健康診断についても治療費や検査費用を全額負担する企業もあります。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:とても手厚い福利厚生ですね!

都竹教授:そういった会社がこれらの取り組みを「福利厚生」と考えているのか「投資」と考えているのかは様々ですが、従業員の健康に十分に配慮することは企業にとってもメリットでしょう。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:精密検査や治療に繋がる健康診断や禁煙外来も、大切な健康管理対策ですね。健康意識を高めるという点で言うと、企業の中には健康意識が低い従業員もいると思いますが、どのようなアプローチ方法が有効でしょうか?

都竹教授:健康への知識が無い人もいれば、「自分は大丈夫」「痛くも痒くも無い」と甘く考えている人もいます。しかし、一概に健康意識が低いと括ってしまって諦めてしまっては、何も変わりません。一方、そういった人に知識を提供しただけでは、残念ながら8割〜9割の人が行動を変えないでしょう。

その場合どうアプローチをするかというと、健康に関してモチベーションが高く、「変わろう」という意思を持つ人を積極的にサポートして、その成果をアピールし、そこから少しずつ周りの人に興味を持ってもらう形がいいかもしれません。例えば、メタボの対策で必要なことは食事と運動ですが、メタボ対策以外にも身体の引き締めにも非常に効果があります。メタボの人に限らず、身体を引き締めたい人を支援して成功例を作ると、社内でも少しずつ取り組みが広がっていくのではないでしょうか。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:確かに、別の切り口だと興味を持ちやすいですね。

都竹教授:私は産業医として企業に赴くことがありますが、実際私がサポートしている企業では、お昼休みに会議室を1つ空けて、昼食後に各自がエクササイズをして少し談笑できる場を提供しています。そういった場を提供することで、運動するだけでなく、部署が違う人とも関わることができて、社内のコミュニケーションを取るというメリットにも繋がります。あとは、就業時間内に数分間皆で一緒にエクササイズするというのも、1つの切り口ですね。やはり私の関わっている自治体では、朝礼のときに自分の体重を負荷にした筋トレをやっています。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:なるほど!就業時間内だと日常的に運動を取り入れやすいですね。

都竹教授:そういった事例も踏まえて、従業員の健康管理は「福利厚生」ではなく「投資」だと考えています。単に病気の予防や健康増進のみでなく、社内コミュニケーションを活性化させ、最終的には企業の業績向上にも繋がればと思っています。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:今後企業が従業員の健康管理を行う上で、専門家など外部からのサポートは需要がありますか?

都竹教授:外部に委託する方法もあります。実際、私はヤマハ健康保険組合さんでオンラインを活用した形で20年近く、延べ6000人以上の方の健康支援をしています。今はAIを取り入れた個別最適化したサポートシステムの構築に取り組んでいるところです。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部新たなビジネスの可能性も生まれてきますね。

企業のウェルビーイング経営について

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:最近、企業のウェルビーイング経営を抱える企業も増えていますが、こちらについてはどのようにお考えですか?

都竹教授:そうですね。心と体、つながりを含めた健康・ウェルビーイングは今後非常に重要になってくるでしょうから、企業で取り組むのは良いことだと思います。しかしながら、従業員の健康状態は一朝一夕に変えることは出来ないので、日頃の食事、運動に加えて、社内のコミュニケーションや上司・同僚からの支援がとても重要になってきます。問題が出るたびに少しずつ改善していくことがとても大切でしょう。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:地道なサポートが非常に重要なのですね。

都竹教授:従業員の心身の健康をサポートすることで、企業のパフォーマンスも維持できて社内の雰囲気も良くなるので、企業のメリットにも繋がります。社内のみで取り組むのが難しいのなら産業医など外部の支援を利用するのも1つの手ですし、デスクワークが多い職場なら肩こり腰痛改善のストレッチができる健康運動指導士に定期的に来ていただく、運動が得意な従業員がいればアンバサダーになってもらうなど、色々なやり方があるでしょう。

一般社団法人日本ファイナンス協会 編集部:なるほど、その企業に最も合った方法を見つけることが大事ですね。

都竹教授:いずれにしても、実際にアクションを起こすことが、企業のウェルビーイング経営にとってはとても大切です。今後定年が伸びることを想定した時に、現在最前線で働いてくれている人がいつまでも元気で活躍し続けるためには、若いうちから対策を取ることが大事でしょう。

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